花岡山 ご来光

(末尾に後日談掲載)

知る人ぞ知る美惠さんの花岡山ご来光登山。
1月から続いている。

この5月5日、圭子さんと、帰熊した孝光が付き合うこととなった。

早朝5時、下馬神社に集合した。
孝光は京町から自転車でやってきた。
北岡公園に沿って登る地獄坂を通って、


地獄坂を登る圭子さん、美惠さん

5時30分過ぎ仏舎利塔前に到着。
程なく日の出だ。
お城の右手、外輪山の北のはずれ辺りからお日様が昇りだした。
生憎の黄砂で肉眼ではお日様は見えたが、カメラでははっきりしない。


お日様が中央右側にかすかに見える。左側にお城も見える。

その後、頂上裏側に大きい赤鳥居があると、圭子さんに案内されて見に行った。
確かにでっかい鳥居で、戸坂稲荷の鳥居であった。
この鳥居タイル張りだった。




5月8日は晴れ。6日、7日の雨で大気の砂も落ち見事な日の出だったようで、
「あ〜たが東京に帰っとば待っとっただろかね、スバラシか日の出だった」と、
言わんばかりに
美惠さんから孝光にメールが入った。
圭子さんも日の出には間に合わなかったものの、
登山して、美しい外輪山を見たそうな。


5月8日のご来光 圭子さんと孝光は見ていない。
毎日登っている美惠さんだけが見ている。



2010年5月8日 孝光記


後 日 談

其の一  託麻三山

お城の向こう、竜田山の右に小さな山が二つ駱駝のコブみたい見える。


(上の写真の3分前に撮られた写真)

グーグルで調べたら、神園山と小山山と判った。
美恵さんに得意げに言ったら託麻三山でしょ。
圭子さんの言いよらした。と、事も無げに言われてしまった。
三山と言うことはもう一つある。また、グーグルで調べた 。
戸島山と判った。それぞれの読み方は、
こうぞのやま、 おやまやま、 としまざん だそうな。
知らなかったな今まで。


其の二  清藤大明神

仏舎利塔の裏の方に大きな赤い鳥居が有ることを圭子さんから教えてもらった。
鳥居の額に戸坂稲荷とあった。
美恵さんと、ご本尊様は何処にあっとだろかね?
手摺の付いた階段のあったけん、そん下にあっとだろかね?
なんて話し、従兄弟にも聞いてみた。従兄弟もその内調べてくれることになった。
美惠さんが、朝寝坊して昼間に登った時、
鳥居を見に行ったらバーベキューの準備をしている人達がいて次の様に教えてくれたそうな。
その昔、加藤清正が兄弟のお狐様を連れて来た。
暴れん坊の弟は厩橋近くの熊本城稲荷に祀られ、
兄の方が清藤大明神になった。
清正が、お城の石垣用の石を切り出そうとしたとき、
兄狐がそれを諌めたそうな。

赤い大鳥居は戸坂町の青年団が作った。
戸坂町の青年団なので戸坂稲荷とした。とまあ、こういうこつだった。
別の日美恵さんが圭子さんと仏舎利塔の方を探したら、
仏舎利塔と鳥居の間にあるお寺に夢殿の様なものがあって、
それと本堂との間に清藤大明神がおんなはったそうな。
更に、清正公さんの像と「南無妙法蓮華経」の幟があって、
神仏混淆の不可思議な空間だったそうな。
従兄弟からも、メールで、鳥居の向こうの階段を百段ほど降りたところに祠があった。
この階段は花岡山への西からの登り口になっている、と言って来た。

2010年5月30日 孝光記